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にこにこいっちゃん。

子育て中の日常から、社会問題の考察、お役立ち情報まとめ、備忘録など、徒然なるままに書き綴ってみる予定です。

世間を賑わす『待機児童問題』をそもそも論の角度から考察してみた。

日常・飯テロ/時事

ここのところ連日ニュースで話題になっている「保育園落ちた日本死ね!」

匿名の主婦のブログから始まった一連の騒動がとうとう主婦たちが国会に押しかけデモを行うことにまで発展した。

「政府が待機児童問題を先送りにしている」と主張する主婦らを取り巻く環境は切迫しており、早急な解決を望む声が高まっている。

この問題に対する状況説明や打開案は他のブロガーや有識者に任せ、私は『そもそも何故急に保育園が足りなくなったのか』、そこから見える働かなければならない母親たち』の現実に焦点を当てて考えてみたいと思う。

 

幼稚園通いが主流だった時代

一昔前、私が子供の頃には【保育所が足りないや【待機児童問題という言葉はあまり聞かなかったように思う。むしろどちらかといえば【お受験】だとか【私立の幼稚園での英才教育】だとか、そういった質を重視した保育がもてはやされていたように思う。

私も一般的な分譲マンションに住むいわゆる中流家庭の娘であったが、小学校に上がる前の2~3年間は毎朝通園バスに乗り、近所の私立の幼稚園へと登園していたものだ。

「時代」だ「世の風潮」だと言ってしまえばそれまでだが、何故今このような待機児童問題が持ち上がってきたのだろう。少子化の今、子どもの数も単純に見れば減少しているはずなのに、である。

親たちは何故保育園を選ぶのか

子供を通わせるのは幼稚園か保育園か。もちろん今も昔もそれぞれの家庭の事情で選択はまちまちだろう。しかし子どもが減っているのに保育園が足りないという現状から、現代の保護者の入園希望が保育園に集中していることがうかがえる。だからこその【保育園不足】、【待機児童問題】だ。では親たちがその限られた枠を争ってまで必死に保育園を希望する理由とは何だろう。昔も今も各施設の保育時間やカリキュラムは大きく変わっていない。状況が変わったのは子どもを預ける親の方なのだ。両施設を比較し見えてくる、『親たちが一斉に保育園を選び出した理由』として考えられるのは大きく二つ。「金銭的な事情」「時間的制約」だろう。 

子どものための保育から親のための保育へ

以前に比べ、両親が共働きの家庭が増加している。両親ともに仕事をしていると育児をしたくともどうしたって時間的な制約がかかる。幼稚園では幼すぎる子供は預かってはくれないうえに、通える年齢まで入園を待ったとしてもほとんどの幼稚園は9時登園、15時退園だ。それでは母親にできる仕事は限られてくる(父子家庭や主夫家庭についてはとりあえず置いておく)。これでは正社員での勤務などまず無理だ。そうなるとどうしても乳幼児の受け入れができ、長時間の保育が可能な保育園へと希望が集中する。『小学校の入学を前に子どもに社会経験・集団生活を身につけさせる』という趣旨の保育から『母親が働くための保育』へと親たちが子どもを園へと通わせる理由がシフトしているのである。それに加え保育園の方が保育料も安いと来れば、働く親たちがどちらを選ぶかは言うまでもない。

働かなくてはならない主婦たち

では何故共働きの家庭が急増したのだろう。幼稚園が主流だった時代に専業主婦として家庭を守っていた主婦たちは、何故今働くのだろう。いや何故働かなければならないのだろう。自身のキャリアややりがいを求め、働く母親ももちろんいるだろう。しかし多くの母親たちは(少なくとも私の周りには)金銭的な事情でそれを余儀なくされているというのが実情だろう。生活していくために働かなければならない。働くために子どもを保育園に入れなければならない。しかし保育園には入れない。そんな悪循環に陥っているのが、現代の主婦たちなのである。

見えてきた綻び

父親一人の給料で家族を養えていたころ、母親が無理に働かずとも生活できた。今生活費を稼ぐことに充てている時間を子どもの世話をすることに使うことができていたのだ。『一億総活躍社会』を標榜する現代社会において、女性が社会に進出し新たな労働力となった一方、社会人一人当たりの収入は激減している。企業は以前の労働者一人分の経費で男女一人ずつ、二人分の労働力を得ることができるようになったのである。これは企業にとって多大なるメリットであるが、雇われる側にとっては大変な負担である。世帯収入は変わらないのに時間だけは二人分奪われていくのだから。「夫婦ともに働いてやっと平均的な生活水準を維持できる」、そんな現実に目を向けず、今まで日陰にいた女性の社会進出という輝かしい側面ばかりアピールし推し進める政策に私たちはもっと疑念を持つべきだ。私は母親が働くことを否定するつもりはない。『三歳児神話』の賛否をここで延々と論じるつもりもない。ただし、労働力が安く買い叩かれるようになった社会が少なからず母親から幼子と過ごせる貴重な時間を奪い、子どもたちからは母親と過ごせる幸せな時間を奪う一因となっていることは、紛れもない真実なのである。

 

 

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